杉流馬締と宇和島拓哉のTwitter

杉流馬締が官能小説を、宇和島拓哉がラノベやノベライズを書きます。

姉の歯ブラシを噛んだ日(宇和島拓哉版)

Twitterで1年くらい前に『姉の歯ブラシを噛んだ日』というお題で短編を書くことが流行っていたので、当時書いたものです。
 
togetterでまとめられている分は↓です。

「姉の歯ブラシを噛んだ日」の検索結果 - Togetterまとめ

 

(約1200文字)

                                            宇和島拓哉

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「たっくんがまた私の鉛筆噛んだぁ~!」
 持ち手に小さな歯型が刻まれたえんぴつを手に、姉ちゃんが泣いている。
またか、と言わんばかりにあきれた顔をしながら僕を叱りつける母さんと、
その母さんに叱られている僕を僕はまるで他人事のように俯瞰しながら、
僕は「どうしてこうなってしまったのだろう」とぼんやり考えていた。
 
 人の話を聞かないくせは今でも治っていないけど、何かを噛むくせは治った。
爪、くちびる、えんぴつ、髪の毛……クラスのムカつく奴の腕を噛んだことだってある。
でもそんな幼いくせも、中学の制服を着るころにはすっかり消え失せ、少しずつ大人に近づいていった。
 
 3つ上の姉が島を出る。と言っても、ずっと帰ってこないわけじゃない。
土日は朝イチの定期船で帰ってくるんだから、大したことじゃない。
ただ少し、平日に会えなくなるだけで、ただ少し、姉ちゃんが他人っぽくなるだけだ。
 
「たっくん、中学の授業むずかしくない?」
「たっくん、お弁当のたくあん残してない?」
「たっくん、女の子と仲良くできてる?」
 たっくん、たっくん、たっくん……中学の時はニキビ面で引っ込み思案だった姉ちゃんも、
高校に上がったら急に大人っぽくなって、友達もたくさんできた。
 それだけ時が経ったのに、姉ちゃんはまだ僕を子どもあつかいしてくる。
元々口数が少なかった僕はすぐ言い返せなくて、姉ちゃんにも、自分自身にもむかっ腹が立って、こう言ってやった。
 「うるさい」
 
 姉ちゃんがあまり家に帰らなくなった。フェリー会社が潰れそうになって定期船の値段が上がったのもあるけど、
外に恋人ができると女は帰らなくなるって、じいちゃんが言ってた。嘘だ、そんなことない。
 でも、じいちゃんの言ってたことは本当だった。花火大会のある夏の日、姉ちゃんが彼氏を連れて戻ってきた。
 モデルさんみたいに体が細くて、髪の毛が茶色で、でも腕の筋肉はすごくて、浴衣がすっごく似合ってる人だった。
 
 その日のご飯はいつもより豪華で、いつもよりお母さんの「オホホホ」が多くて、いつもよりお父さんが無口で、
いつもより、なんか、姉ちゃんのほっぺが、赤かった。
 
「たっくんもお姉ちゃんたちと花火大会来る? 毎年楽しみに」
「いい」
 ご飯が終わってすぐ、お姉ちゃんは花火大会に行こうとしたけど、僕は行く気になれなかった。
というか、邪魔できない。あんなにかっこよくてお似合いのカップルの間に、未だにクラスの女の子とちゃんと話せないような僕が、入れない。
 
そのあとのことは、あんまり覚えてない。いつの間にかベッドで寝てて、六尺花火のでっかい音で起きて、
パラパラ花火の音を聞きながらお風呂に入って、歯を磨いたくらい。
それと洗面所に初めて見る歯ブラシ入りのコップがあって、気持ち悪いって思うかもしれないけど
僕はなんだか無性にそうしたくなったから、ピンクの歯ブラシを、奥歯でギュッと噛んでやった。
 
うちの歯磨き粉の味じゃない、優しいミントの味がした。